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クラーゲン・ラム (ヒーゼン)
独占インタビュー

バラエティがあるからこそ
ヒーゼンは素晴らしいのであり
それがバンドの強みなんだよ
だからニュー・アルバムでもバラエティを意識したよ

RELEASE INFO

文:川嶋未来文 Photo by Chrissie Dieu

07年にヒーゼンに加入したギタリスト、クラーゲン・ラム。彼はニュー・アルバム『エンパイア・オブ・ザ・ブラインド』の作詞作曲すべてを手がけた。スラッシュ・マニアでもあるクラーゲンに色々と話を聞いてみた。

 

— ニュー・アルバム『エンパイア・オブ・ザ・ブラインド』がリリースになります。前作と比べてどのような点が進化、変化しているでしょう。

 

クラーゲン:それは良い質問だね。進歩については、特に必要だとは思っていないんだ。主観的なものであり、進歩しているかどうかはファンが決めることだから。違いについては、今回は意識的にこういう曲にしたいというアプローチがあった。デイヴとリーと3人で話して、今回は『Victims of Deception』や『The Evolution of Chaos』のようなエピックなフィールを持ちつつも、『Breaking the Silence』みたいに曲は短めにしようということになったんだよ。だから、曲は多少簡潔になっていて、もちろんタイトル・トラックのようなエピックな曲もあるけれど、11分みたいな長さのものはない(笑)。

 

— 今回あなたがすべての曲、歌詞を書いたんですよね。これはなぜなのでしょう。

 

クラーゲン:そうしようとした訳ではないんだ。ニュークリア・ブラストと12年に契約してすぐに、俺はデモを作り始めた。すぐに4曲書いて、14年頃には6曲、歌詞も含めて完成していた。結局今回のアルバムに入ったのは5曲だけで、うち1曲は大きく改変した。リーも色々と書いていたけれど、まだ曲にはなっていなくて、リフやパーツにしかなっていなかった。デイヴも歌詞を書けていなくて、一方俺は乗っていたからね。その調子で続けてくれという感じで、レコーディングをする段階になったら、アルバム全部を書き上げていた感じだったんだよ。

 

— 曲を書く時に、ヒーゼンっぽくしようという意識はありますか。それとも自然に湧き上がるものを曲にしているのでしょうか。

 

クラーゲン:うーん、そのどちらとも言える。ヒーゼンが素晴らしいのは、曲にバラエティがあるところだ。スラッシーなものもあれば、ミッドテンポなものもある。バラードをやったこともあるし、プログレッシヴなパートがあると指摘する人もいるだろう。曲を書くにあたって、バンドが何か制限をしたことは無いと思うんだ。今も以前もね。だから、俺も自由に書くことができた。だけど、一方でヒーゼンっぽいサウンドにしようとしたのも事実。俺は分析をするタイプの人間で、ヒーゼンらしいとはどういうことなのかを考えてみたんだ。初期のエクソダス、初期のメタリカのような初期のベイエリアのスラッシュと、おそらくレインボーのエピックさ、それからシン・リジーのギター・ハーモニーのミックス。これらの要素が、おそらくヒーゼンらしさなのだろう。これらがリーのバックグラウンド、音楽的歴史だし。ヴォーカル・パートについても、デイヴはどのレンジで歌えるのか、どこまで高い声が出るか、どういうタイプのメロディを歌うのかを考えて書いた。これが俺のアプローチの仕方だよ。ヒーゼンとは何か、メンバーがどんな技量を持っているかを考えて、とてもキャッチーでクールな曲を書くのさ。

 

— ヒーゼンのスタイルをどう描写しますか。スラッシュ・メタルをプレイしていると思いますか。

 

クラーゲン:それはあくまでヒーゼンのやっていることの一部だと思う。89年頃かな、リーとダグ・ピアシーが雑誌のビデオ・インタビューに答えていてね。リーの答えが完璧だった。「俺たちがやっているのはスラッシュ・メタルではない。スピード・メタルでもない。単にメタルさ」って。ヒーゼンは確かに常にベイエリア・スラッシュの一部ではあったけれども、ただスラッシュをやっていた訳ではなかったこともあって、残念ながら見落とされるがちだ。ストレートなスラッシュをやっているバンドの方が、たくさんの露出があったりね。でも、さっきも言った通り、バラエティがあるからこそヒーゼンは素晴らしいのであり、それがバンドの強みなんだよ。だから、ニュー・アルバムでもバラエティを意識したよ。それから、クラシックなアルバムの流れも意識した。エピックなイントロがあって速い曲、それからヘヴィでエピックなタイトル・トラックが来て、その後バラードを含むバラエティ豊かな楽曲があって、速い曲、アウトロで終わるというやつ。アルバムを通じて緩急のあるクラシックな作りにしたかったんだ。クラシックなアルバムが特別だった理由の1つだから。最近はこういうことをするバンドは少なくなって、バラードが得意だったバンドも、バラードを書かなくなってしまっているように感じる。リスナーが気に入らないことを恐れているのか、それともただ単にそういうことをやめてしまったのか。曲調にバラエティがあるというのは良いことだと思うんだ。それぞれの曲に特徴が出るし。そういう以前のやり方に戻りたかったし、他のメンバーも支持してくれたよ。「シュライン・オブ・アパシー」のようなバラードでのデイヴィッドの歌唱も素晴らしい。彼はああいうタイプの曲を歌うのがとてもうまいんだ。感情が込められていて、パワフルで。

 

ー フォーマットが変わったからですかね。当時LPにはA面、B面あって、まず速い曲で始まって、B面もまた速い曲でスタート、みたいな感じでしたよね。

 

クラーゲン:その通りだよ。このアルバムでもそれを意識している。ヴァイナル・バージョンで聴いてもらえればわかるけれど、真ん中で分けると、後半は「イン・ブラック」というとてもアグレッシヴな曲から始まる。とても細かいところまで意識して作ったんだ。この作品を特別なものにしたかったからね。平均的なものでなく、とても強力な作品にする必要があったんだ。

 

— 歌詞について、曲ごとに説明しててもらえますか。

 

クラーゲン:一曲目の「ザ・ブライト」は、人類が地球を破壊していることについて。工場のせいで引き起こされる環境破壊、二酸化炭素の排出とかね。一方、人々が社会を破壊しているという読み方もできる。特にここアメリカでは、人々がSNSに夢中になりすぎて、表面的なものにとらわれるようになっているように見える。インスタグラムに自分たちの写真をアップしたりね。SNSに投稿されたことについて、批判的思考や論理ではなく、感情的に反応するようになっている。SNSを使えば山火事のように広まっていくから、政府もプロパガンダを広めて人々を操るのに利用しているのさ。「俺たちの内面は死んでいる」という歌詞は、表面的なことにとらわれてすぎて、人として空っぽになっているということ。

 

— SNSこそが疫病(Blight)ということですか。

 

クラーゲン:そうかもしれないね。疫病やウィルスというのは素早く広がるだろう。偽情報も同じで、インターネットを通じてあっという間に広がるんだ。真実でなくても人は簡単に信じてしまう。ニュースとされているものも、本当にニュースなのだろうか。少なくともここアメリカでは、どのニュースも政治色を帯びている。ニュースはあくまで真実を伝えるべきもので、どちらかのサイドに立つものではないはずなのに。

 

 

— 次はタイトル・トラックですね。

 

クラーゲン:この曲も、同じ思考プロセスのもの。いかにSNSやメディア、偽情報が人々に対して使われているか。これらが人々に影響を与え、物を買わせたりする。コンスタントなプロパガンダさ。多くの人はメッセージの裏側にあるものを見抜けず、読んだことをそのまま信じてしまう。歌詞的には「ザ・ブライト」の続きみたいなものさ。国、リーダー、政府、政治家、みんなSNSで人々を操ろうとしているけれど、そういう事実に盲目になっている人間が多い。この曲はそういう内容だよ。この道はどこへ続くのだろう。奴らは盲目のものたちの帝国を築こうとしている。物事を客観的に見られない、真実に対して盲目なものたちのね。「デッド・アンド・ゴーン」は、えーと、ちょっと歌詞カードを開くよ。書いてから随分と時間が経ってるから(笑)。これはさっきの2曲よりも個人的なもので、でも基本的には同じような内容。深さのない人間のことさ。多かれ少なかれ浅い人間について。カーダシアンみたいに有名人だけど、特に何かを成し遂げたわけでもない人たち。今の社会はそういう人たちであふれている。SNSに自分の嘘のイメージを載せて、つまり写真を撮って自分の生活が素晴らしいかのように見せかけているけど、内面はボロボロ。「魂なき太陽」というラインは、そういうことだよ。すべてを照らす太陽のように輝いているふりをしているけれど、実際は活気なんてないなのさ。

 

— なるほど。非常に詩的な表現ですね。

 

クラーゲン:サンキュー(笑)。「サン・イン・マイ・ハンド」は、個人的な人生の旅について。あまり個人的になりすぎないようにはしたけれど。俺は以前アクティヴィジョンというゲーム会社で、長いことゲームのプロデューサーをしていたんだ。俺はその会社で、「はしごを登っていた」わけだけど、実際それは俺のやりたいことではなかった。ちょうどこの歌詞を書いているときに、俺は会社からレイオフされ、再びフルタイムのミュージシャンになろうと決意したんだ。この曲はそういう旅についてさ。会社のはしごに登っていたけれど、ハッピーではなかった。俺は人生をフルに生きたい。ミュージシャンとしての夢を叶えるために生きたい。歌詞はダークな書き方をしているけれど、内容はポジティヴなメッセージだよ。人々は夢を追うべき、やりたいことをやるべきであり、行き詰まった仕事にとらわれるべきではないという、元気付ける曲さ。

 

— 「ブラッド・トゥ・ビー・レット」は非常に中身が掴みにくいですが。

 

クラーゲン:(笑)。これは色々な意味にとれる。意図的にそうしているんだ。昔からある瀉血のこととも解釈できる。血を抜くと健康になるというやつ。ヴァンパイアについてだと解釈できないこともない。究極的には、欲しいものを手に入れるためには諦めなくてはいけないものもあるということ。欲しいものを手にするためには、苦痛を伴うということ。だけど、好きなように解釈してもらって構わないよ。俺はそういう歌詞が好きだし、好きなようにとってもらって構わない。「イン・ブラック」は死に直面することについて。死神と対面して、「俺を捕まえてみろ。でも俺はまだ死ねない。簡単には捕まらないぞ」という内容。地球上にいる俺たちは全員、毎分少しずつ腐っていってるだろ(笑)。生まれた瞬間から年をとってね。バンドのメンバー全員人生の半分を過ぎているし。これも暗い内容に見えるけれど、いつかは死ぬのだから人生をフルに楽しもうという内容さ。「シュライン・オブ・アパシー」は、ヒーゼンというバンドは色々な人の死を経験していて、ベース・プレイヤーが亡くなったし、最近も複数の友人や家族の死を経験した。この曲を書き始めたきっかけは、クレッセント・シールドというバンドで歌っていたマイケル・グラントという友人が亡くなったこと。彼は俺と同じ年だったし、さらに直後にジョン・トレスも亡くなってしまって。さらにリーの弟が亡くなるということもあった。この曲は愛するものの死を悲しむことについて。あの世に呼びかけているんだ。なぜ俺たちを置き去りにしたんだって。親しいものを亡くすと、悲しみが深過ぎて、何も考えられなくなってしまう。そういうことを歌っているんだ。

 

— 「ディヴァー」ではジム・ジョーンズが参照されていますが。

 

クラーゲン:これを書き始めた時は、ジム・ジョーンズに特化している訳ではなかったんだ。この曲と歌詞が出来上がった時に、ヒーゼンのクラシックな曲、「Hypnotized」がジム・ジョーンズのスピーチのサンプルで始まることを思い出してね。それでインターネットを検索してみたら、スピーチが色々あって、どれもパブリック・ドメインになっていて、この曲にぴったり合うと思ったんだ。確かにサンプルはジム・ジョーンズのものだけれど、歌詞の内容は彼に特化している訳ではない。人々に影響力を持つ人物。その力を他の人々にとって良い影響を与えるとは限らない使い方をする人物のこと。誇大妄想狂のことだよ。それでジム・ジョーンズのスピーチの内容がぴったりだったんだ。サンプルを使うことで「Hypnotized」も思い起こさせるし。ジム・ジョーンズは完全に誇大妄想狂だったからね。「ザ・ゴッズ・ディヴァイド」はデモ・バージョンから少し書き直したのだけど、基本的には戦争について。「ザ・ブライト」や「エンパイア・オブ・ザ・ブラインド」に流れにある内容で、戦争のメタファーが色々と出てくる。リーダーたちはアメリカの人々を分断しようとしている。征服を目的にね。両サイドの政治家たちが、人々を分断しているけれど、彼らのゴールは選挙に勝つこと。彼らはこの国を良くして、人々のためになることをするために立候補しているはずなのに、結局は権力を得るために人々に害をなしているのさ。矛盾だよ。俺たちの国がいかに分断されているかを語るのに、色々と戦争のメタファーを使ったんだ。世界中どこでも同じだろうね。さっきも言ったように、そのためにリーダーたちはメディアやSNSを利用する。真実でないことも、人々に信じさせるために。メッセージが発信されると多くの人が真実かフィクションかもわからずシェアをするんだ。この曲は、『エンパイア・オブ・ザ・ブラインド』の解決策みたいになっている。このままだと俺たちの世界、社会はどうなるのか。このような時代に、人々はもっと賢くならなくてはいけない。だけど、みんな違う方向へと向かっているようだけれど(笑)。

 

 

— ヒーゼンに入ったきっかけは何だったのですか。

 

クラーゲン:実際、素晴らしい話なんだ。俺はスラッシュが大好きで、ずっとベイエリア・スラッシュのファンだった。01年にサンラフンシスコまで、スラッシュ・オブ・タイタンズというベネフィット・コンサートを見にいった。チャック・ビリーのためのね。あの時、俺の大好きだったバンドが色々と再結成してプレイしたのだけど、ヒーゼンもその中の1つだった。帰りにメタルのレーベルで働いている友人にばったり会ったので、俺のバンド、プロトタイプに合いそうなシンガーを知らないかと尋ねた。シンガーを変えようと思っていたから。彼が推薦したのはデイヴだったんだ。実際にデイヴは飛行機でやってきて、プロトタイプのために何曲か歌を録音した。結局はうまくいかなかったんだけど、デイヴはプロトタイプのもう1人のギタリストとずっと連絡をとっていてね。それで07年にヒーゼンがギタリストが必要になったときに、デイヴから電話があり、俺を含めたプロトタイプのギタリスト2人でオーディションを受けに来ないかと。もう1人は断って、俺は即オーケーした(笑)。4−5曲覚えてきて欲しいと言われて、「Dying Season」、「Arrows of Agony」、「Hypnotized」、「Opiate of the Masses」あたりをやった。オーディションは07年の11月で、これらの曲を数度プレイした後、彼らはお互いの顔を見合わせて、俺に加入したいかと聞いてきた。俺はすぐにイエスと言ってバンドに入った訳だけど、今はもうすでに3番目にキャリアの長いメンバーなんじゃないかな。リー、デイヴに続いてね。

 

— ヘヴィな音楽との出会いはどのようなものだったのでしょう。

 

クラーゲン:母親はクラシックの教育を受けたシンガーだったから、家ではいつも音楽がかかっていて、俺も小さい頃ピアノのレッスンを受けていた。確か8歳の頃だったと思うけれど、当時寝るときに母がいつもラジオをつけてくれてね。毎晩同じ時間になると、「Back in Black」という曲がかかるんだ。おそらくアルバムが出たばかりか、まもなく出るところだったんだろうね。それで母にこれを買いに行きたいと言った。あれがハードロックというものを初めて聞いた瞬間だったよ。それから取り憑かれてね。中学の頃、12−13歳の頃、友人に何か良い音楽はないかと尋ねた。そしたら友人の1人が、『Hell Awaits』とダーク・エンジェルの『We Have Arrived』、それからまだリリースされていない『Bonded by Blood』の初期バージョンを貸してくれてね。ぶっ飛んだよ。何だかまったくわからないけど、最高だ。こういうのを聞きたいって。それ以降、コンバット・レコード、ロードランナー、メタル・ブレイド、あるいはクールなジャケット、クールじゃないのもあったけど(笑)、そういうものはすべて買い漁った。アグレッションやギタープレイが大好きだったよ。のちにグラムと呼ばれることになるスタイルも大好きだった。モトリー・クルーやラット、ドッケンなんかも80年代の初めはただハードロックと呼ばれていたからね。初期のオジーとか。メタリカ、ヒーゼンみたいなバンドは特に好きだった。彼らはヴォーカルにメロディがあって、俺が好きなものをすべてミックスしたようなスタイルだったからね。演奏もうまくて、ソロも弾けて、ギタリストも素晴らしくて。そういうバンドを探し求めた。今でも探しているよ。

 

— 出身はロスですか。

 

クラーゲン:そう。生まれはロスだけど、両親の転勤でいくつか別の州にも住んで、10代になると、またロスに戻った。だから、ロスの音楽が大好きなんだ。さっき言ったように、80年代初めのハードロックやメタルとか。それからサンフランシスコのメタリカやエクソダスが大好きになって、高校生の頃、自分のバンド、サイコシスをやるようになった。ベイエリアのバンドやダーク・エンジェルが大好きだったから、ああいうことがやりたかった。ロスでスラッシュをやるというのは変な感じだったよ。カッコいいことをやっているのに、場違いというか。ウィスキー・ア・ゴーゴーかどこかでライヴをやるので、フライヤーを貼った時のことをはっきり覚えている。ハリウッドの街を歩きながら電柱にフライヤーを貼っていったのだけど、車に戻るときに見てみたら、俺たちのフライヤーはポイズンのフライヤーで埋め尽くされていた。ロスではスラッシュをプレイしてブレイクするのは無理だった。いくつかバンドはいたけど、特にハリウッドはグラムばかりでね。俺はグラムがハードロックをダメにしてしまったと感じていたよ。メイクをして、見た目を気にし始めて、そんなことより前みたいに素晴らしい音楽をやってくれと思ったものさ。スラッシュは見た目なんて気にしなかったからね。

 

— 当時スラッシュのライヴにはよく行っていたのですか。

 

クラーゲン:あらゆるライヴに行ったよ。ベイエリアのバンドが来たら、必ず見に行っていた。俺のお気に入りのコンサートは、スレイヤーが『Reign in Blood』のツアーで、ハリウッド・パラディウムでプレイした時。もともとはフロットサム・アンド・ジェットサムがオープニングを務めるはずだったのだけど、会場に着くと友人が、「彼らは出ない」と。どういうことかと聞いたら、「ジェイソン・ニューステッドがメタリカに入ったからだ」と。それで誰が代わりなのかと尋ねたら、ダーク・エンジェルだというから「ファック・イエス!」という感じだった。そっちの方が良かったから。最高だったよ。

何しろ『Darkness Descends』と『Reign in Blood』の時だからね。まだ車も持っていなかったから、両親が車で送り迎えをしてくれて。暴動になって警察が来ている中、迎えに来てもらったんだ。めちゃくちゃだったよ。デイヴ・ロンバートも、あれがスレイヤーのライヴの中で一番ヴァイオレントだったと言っていたくらい。だけど、本当に素晴らしかった。ピットからは離れていたけれど(笑)。危ないからね。

 

— サンフランシスコと違い、ロスのスラッシュ・シーンはギャングがらみで非常に危険だったと聞いたことがあるのですが。

 

クラーゲン:理由の一つは、スラッシュ・バンドはグラム・バンドがやっている会場ではプレイできなかったことにある。だから、街の中でもあまり治安の良いとは言えない場所でプレイするしかなかったんだ。サン・ペドロのウォーターズ・クラブとか、ロング・ビーチのフェンダーズ・ボールルームあたりで、たくさんの素晴らしいライヴがあった。ポゼストとダーク・エンジェルが一緒にプレイしたり。オレンジ・カウンティのジェゼベルとか。ハリウッドのライヴハウスは、スラッシュやスピード・メタルのバンドを出入り禁止にしていたんだよ。モッシュピットやステージダイビングを嫌がって。サイコシスもいくつかの会場でプレイできなかった。確かにロスのシーンは危険で、スーサイダル・テンデンシーズなどはロスのどこでもやれなかったよ(笑)。ギャングの関係でね。スレイヤーにも間違いなくそういったお客さんがいたし、ベイエリアとは違うヴァイブがあった。ベイエリアは、フレンドリーな、暴力的な楽しさだっただろうけれど、ロスはそうとは言い切れなかった。例えばダンジグにしても、最初のツアーでは、ミスフィッツやサムヘインのファンであるパンクロッカーと、ハードロック・ファン両方がいてね。「Mother」や「Twist of Caine」のビデオを見たりして、ハードロック・ファンがダンジグのライヴにやって来ていたのだけど、両者はソリが合わなかった。喧嘩に巻き込まれないように場所を探さなくてはいけないほどだったよ。スレイヤーもプレイできるところは少なくて、あの後ハリウッド・パラディウムでもしばらくやれなかったはず。カントリー・クラブという、俺たちがタムロできる素晴らしいところもあってね。そこでは色んなライヴのビデオ撮影が行われて、例えばリジー・ボーデンの『The Murderess Metal Road Show』が撮影されたショウも見に行った。

 

— あのビデオは最高でしたよね。

 

クラーゲン:最高だよ。俺はあれを見に行っていたんだ。あそこでダーク・エンジェルの『Live Scars』が録音されたときも見に行った。メガデスが「In My Darkest Hour」の撮影をした時も見た。あそこはとても良い場所だった。いつも行っていたよ。ショウをやるにせよ、見るにせよね。そんなに近い場所ではなかったのだけど、ほとんど毎週末行くこともあった。

 

 

— 当時スレイヤーのコンサートでは、常に救急車が待機しているなんていう伝説を聞いたことがあるのですが。

 

クラーゲン:さっき話したショウでは、救急車だけでなく暴動制圧用のギアを着た警察も来ていたよ。クレイジーだったね。俺はまだ15歳で車の免許も持っていなかったから、そんな中、両親が迎えに来て。彼らは驚いていたけれど、俺は「大丈夫だよ、いつもこんな感じだから」って(笑)。

 

— その時のショウは、何が原因で暴動になったんですか。

 

クラーゲン:ギャングのメンバーが来ていて、モッシュピットは超ヴァイオレントになっていた。あそこはフロアが一段低くなっていて、階段を登って少し高いところから手すり越しにライヴを見ることができる。俺はそこから見ていたんだけど、モッシュピットは8の字型になっていいてね。とにかくクレイジーでヴァイオレントで、そこら中で拳が飛び交っていた。おそらく一度コンサートはストップになったんじゃなかったかな。あちこちで喧嘩になっていたから。だけど、今みたいにコンサートを止めて、みんなに「喧嘩はやめろ。きちんとコンサートを続行しよう」みたいに呼びかけるのではなくて、確かトム・アラヤは笑いながら「これはクレイジーだな。さて次の曲」なんて言っていたように記憶している。何しろ史上最もヴァイオレントなアルバムがプレイされていたわけだからね。ヴァイオレントなモッシュピットにいる連中にとっては最高のサウンドトラックだよ。それで警察が呼ばれたのだけど、おそらく、そこにいたギャングたちが会場からハリウッドの街に溢れ出すのを恐れたんだろうね。会場の中があまりにヴァイオレンドになりすぎたから、それが会場の外まで出ないように。

 

— 『Reign in Blood』と『Darkness Descends』というのは最強の組み合わせですよね。

 

クラーゲン:オーマイゴッド!俺は『Reign in Blood』より『Darkness Descends』の方が好き。当時の最高のアルバムの1つだよ。俺はジム(ダーキン)やジーン(ホグラン)をよく知っているんだ。『Darkness Descends』のCDにサインをしてもらったこともある。ジムのことは長い間知っているけれど、彼らは音楽とは対照的な人物だよ(笑)。とてもナイスで落ち着いた人たちなんだ。

 

— お気に入りのアルバムを3枚教えてください。

 

クラーゲン:ワオ。そうだな、『Back in Black』は挙げない訳にはいかないだろうね。音楽を始めたきっかけだし、プロダクションも素晴らしい作品だ。いまだにヘッドフォンで聴くと、新たなディテイルが聞こえてくる。シンプルでストレートな音楽、そしてプロダクションは本当に素晴らしい。俺に一番大きなインパクトを与えた作品となると、『Diary of a Mad Man』。これも挙げないわけにはいかない。タイトル・トラックは特に信じられないくらい素晴らしい。あの曲を聴いた時に感じるフィーリング。あれは再現できないよ。

 

— 本当に不気味な曲ですよね。

 

クラーゲン:そう。それにあの曲はメタルにクラシックからの影響を取り入れた最初の曲の1つだと思う。俺はああいうスタイルが大好きなんだ。ヒーゼンの今回のアルバムにも、そういう影響がたくさんある。「ザ・ブライト」のサビではギターが4本入っていて。どうやってライヴで再現するかわからないけれど。ヴォーカルのハーモニーとか、ハードロックやメタルとクラシックの相互作用が大好きなんだ。このアルバムは本当に素晴らしい。他にも俺にインパクトを与えたアルバムとなると、おそらく『Ride the Lightning』ということになるだろう。あれは俺のすべてを変えたよ。「Fade to Black」を初めて聴いた時に、ヘヴィなギターが入ってくるところの、それまでのクリーンでメロウなパートとの対比が素晴らしかった。これを聴いて、中学の友達に「これみたいなの、他に何か知ってる?」って聞いたんだ。ここから俺のスラッシュ・メタルの旅が始まったのさ。

 

— では最後に日本のファンへのメッセージをお願いします。

 

クラーゲン:ずっと待ってくれていてどうもありがとう(笑)。前作から随分経ってしまったし、前回日本に行ってからも随分と経ってしまった。前回の日本でのショウは、今も俺のお気に入りの1つさ。また日本にいってプレイするのが待ちきれない。アルバムが出て、パンデミックが終わったら、日本で2回以上ショウをやりたいね。

 

 

文 川嶋未来

 

▶︎デヴィッド・ホワイト(ヴォーカル) インタビューはこちら

 


 

 

 

 

2020年9月18日 世界同時発売

ヒーゼン

『エンパイア・オブ・ザ・ブラインド』

CD

直筆サインカード付 Tシャツ+CD

【CD収録曲】

  1. ディス・ロッティング・スフィア(インストゥルメンタル)
  2. ザ・ブライト
  3. エンパイア・オブ・ザ・ブラインド
  4. デッド・アンド・ゴーン
  5. サン・イン・マイ・ハンド
  6. ブラッド・トゥ・ビー・レット
  7. イン・ブラック
  8. シュライン・オブ・アパシー
  9. ディヴァー
  10. ア・ファイン・レッド・ミスト(インストゥルメンタル)
  11. ザ・ゴッズ・ディヴァイド
  12. モニュメント・トゥ・ルーイン(インストゥルメンタル)

 

【メンバー】
デヴィッド・ホワイト(ヴォーカル)
リー・アルタス(ギター)
クラーゲン・ラム(ギター)
ジェイソン・ミルザ(ベース)
ジム・デマリア(ドラムス)

【ゲスト・ミュージシャン】
ゲイリー・ホルト(ギター) [エクソダス]

リック・ヒューノルト(ギター) [元エクソダス]

ダグ・ピアシー(ギター) [元ヒーゼン]