ジェイムズ・ヘットフィールドがお気に入りに挙げたことで、俄然注目を浴びるようになったフィンランドのサイケデリック・ブラック・メタル・バンド、オランシ・パズズ。5枚目となるニュー・アルバム『鉤爪の主』で日本初お目見えということで、ヴォーカリストのユン・ヒスに話を聞いてみた。
ー ニュー・アルバムがリリースになります。過去の作品と比べてどのような点が進化していると言えるでしょう。
ユン・ヒス:俺たちの場合、基本的に前にやったことが影響を及ぼすんだ。だから、今回のアルバムでは巨大なギターの壁みたいなこととは違うことをやりたかった。去年ウェイスト・オブ・スペース・オーケストラでそういうことをやったから。バンドのメンバーが10人いて、巨大なギターの壁を作り出したんだ。だから今回はそれぞれの要素の間にもっとスペースがあるようなことをやりたかった。もっとサイケデリックな風景を入れる余地があるようなものを。 音の風景の中でいろいろなものが動いているのが簡単に聞こえるような感じで。もっと余地があって、ミニマルなアプローチ。要素に限ったことではなく、サウンド面でもね。例えばエレクトロニック・ミュージックのように正確なサウンドも多く聴こえると思う。
ー タイトルはフィンランド語ですが、これはどのような意味なのですか。
ユン・ヒス:英語にすると”Master’s Claw”さ。
— アートワークは何を表しているのですか。
ユン・ヒス:俺たちはアルバムごとに違ったアートワークにする傾向があるのだけど、前作と今回は写真ぽいものにしたかった。今回はヘルシンキのフォトグラファーにアルバムを聴いてもらって、まずそのフィーリングを独自に解釈してもらった。そこから彼女が撮った写真をもとにアイデアを出していったんだ。バンドの外部の人間にある程度アイデアを任せるというのはヘルシーなことだと思っている。俺たちの音楽の解釈をね。すべてを自分たちでやってしまうと、ヴィジョンが単調になってしまうし、俺たちの音楽の解釈は人によって違うものだろうから。アルバムのカバーなどを頼むときは、自由にやってもらうようにしているんだ。
— 歌詞もすべてフィンランド語ですが、テーマはどのようなものなのでしょう。
ユン・ヒス:歌詞は俺でなくオントが書いているのだけど、アルバムを作る過程のわりと早い段階で、彼とは歌詞の内容、アルバムのフィーリングについて話すんだ。新しいアイデアを出し合ったり、曲を書き始める段階でね。アルバムが扱う内容について、抽象的な方向性を決めるんだよ。メンタル・レベルでどのようにアプローチするかね。今回は、呪文や呪い、幾何学的、魔術的な内容にしたいと考えた。まずは抽象的な方向性を決めて、自分たちのイマジネーションが発展する余地を与える。そこからダーク・マスターが立ち上がり、終末的なイメージのキャラクター、例えば『英雄コナン』に出てくるタルサ・ドゥームみたいな宗教的な人物、人々の精神に影響を与え洗脳し、人々はついていく対象が必要だからこういう人物に追従する。こういうディストピアというか、全体主義社会の悪夢みたいな内容さ。確かにこれは現実世界についてであるという解釈も可能だろうけど、もちろん政治的な意味は持っていないよ。ただ、人類が歴史の中で繰り返している悪夢さ。
— フィンランド語にこだわっているのには何か理由がありますか。
ユン・ヒス:フィンランド語で歌っている理由の1つは、これが俺たちの母国語であり一番理解できるからさ。それに、俺たちの音楽を表現するのに一番適しているというのもある。俺たちの音楽は激しいだろ。英語で歌ってしまったら、その激しさを削いでしまうと思うんだ。ヴォーカリストとして、なぜかフィンランド語の方が英語よりも暴力的に聞こえる。この点は君たちも同じだと思うよ。日本語も激しいよね。俺はゼニゲバが好きなんだけど、彼らのヴォーカルには俺たちと近いものを感じる。結局フィンランド語で歌っているのは、雰囲気の問題さ。俺たちの音楽にとって、雰囲気というのが1番大切だからね。
— 確かにフィンランド語と日本語は近い部分があるかもしれませんね。
ユン・ヒス:俺もそう思うよ。発音に関してね。日本語を聞くと非常に馴染みのサウンドに思える。
— 無理矢理にでもオランシ・パズズの音楽をカテゴライズするとしたらどうなりますか。
ユン・ヒス:無理矢理にでも(笑)。普通は他人の好きなように呼ばせているけど、もし自分でカテゴライズをしなくてはいけないとしたら、様々な違った音楽の融合、ブラック・メタルの持つ陰鬱な雰囲気、シンプルだけど効果的なダークさというのかな、そういうものと催眠的なもの、サイケデリア、70年代のプログレ、つまり音楽の冒険的な側面、プレイをし始めたときはどんな結末にあるかわからず、どんな結果になろうと構わないという探索。そういうものが俺たちの音楽の要素だと思うよ。まぁでも解釈はリスナーに任せるよ。いったいジャンルは何なのかとかね。
— あなたの音楽バックグラウンドはどのようなものなのですか。Kuolleet Intiaanitという実験的なロックバンドをやっていたんですよね。
ユン・ヒス:プレイに関する俺の音楽的バックグラウンドは、基本的に70年代のものだよ。だけど、90年代からの影響もある。俺の好きなギタリストは、ジーザス・リザードのデュアン・デニソンだし。彼はその後トマホークに入った。80年代終わりから90年代のノイズロックから大きな影響を受けているのさ。メタルに関しては、プレイに影響を受けたというよりはリスナーだね。メタルもたくさん聞いてきたけど、自分ではメタル・ミュージシャンだと思わない。ハーモニーや雰囲気という点で影響を受けたけれど。Kuolleet Intiaanitもノイズ・ロック・バンドだった。シアトリカル・ノイズ・ロックさ。
— そもそもの音楽との出会いはどのようなものだったのですか。
ユン・ヒス:最初との出会いは、まだ音楽とは何なのかが分かっていないころだったよ。まだ2歳か3歳のころ、すでに音楽に興味があったんだ。ガンズ・アンド・ローゼズやボン・ジョヴィに興味があったんだ。10歳になると、学校の友達とバンドを始めた。そこからずっと続いてる感じだよ。父親の影響でジミ・ヘンドリックスも大好きだったし、その後メタルも聴くようになった。90年代の終わりから00年代の初めは、グランジも大好きだったし。それからもっとポップなところでディペッシュ・モードも重要だ。俺、というか、バンドのメンバーは全員色々な音楽を聴いてきているんだよ。どんな形のパートであり、何らかの感銘を受けるものだからね。音楽というものは、いろいろな意味で影響や経験になる。だから俺はジャンルというものは気にしないんだ。
— 普通のものを聴いてから、だんだん実験的なクラウトロックやプログレに移行した感じなのですね。
ユン・ヒス:そうだよ。まずロックから聴き始めて、それからクラウトロックやもっと実験的なノイズやアンビエントにたどりついた。20代になってからね。だんだんと進んでいった感じ。多くの人が、俺がこういう様々な好むことが理解できないということはわかるけどね。俺にとっては冒険なんだよ。どんなものからも影響は受けるし、それも良い方向に。一箇所に留まるのではなく、色々な年代に旅をして冒険をする。進み続けられるというのは俺にとってとても重要なことなんだ。一つのシーンやジャンルに縛り付けられるのではなく、いろいろなジャンルを探検することがね。そして同時に様々なもののエッセンスを可能な限り取り出すよう努力する。もちろん興味を持てないものもあるし、飽きることもあるだろう。その場合は次のものを探せば良い。
ー メタルではどのようなバンドが好きなのですか。
ユン・ヒス:初期の頃、10代の頃はパンテラやメシュガーが大好きだった。それから数年経って、エンペラーや初期のディム・ボルギルなどを聴くようになった。ダークスローンとかバーズムみたいなブラック・メタル。その後デス・メタルも聴くようになったけど、これはまだ探索の途中だよ。正直なところ、最近はあまり興味深いバンドがいないけど、さっきも言ったみたいに個人的にはゼニゲバからとても影響を受けているんだ。いつだったかな、10年くらい前にロードバーン・フェスティヴァルでライヴを見たことがある。素晴らしい体験だったよ。
— フィンランドのシーンはいかがですか。
ユン・ヒス:フィンランドのメタル・シーンには、もちろんメインストリームのバンドもいるけれど、アンダーグラウンドには頑固なものたちも多い。この国ではあまり社交的ではなく、一人で過ごす人間が多いんだ(笑)。おそらくそういう人たちが、少々変わったやり方で一人で音楽を始めるんだよ。だけど、フィンランドという国の中にいると、客観的にシーンついて語るのは難しいね。
— 共感を覚えるメタル・バンドはいますか。
ユン・ヒス:最近の?
— そうですね。
ユン・ヒス:そうだなあ(笑)考えてみるよ。ダーク・ブッダ・ライジングとか。彼らとはウェイスト・オブ・スペース・オーケストラを一緒にやった。普通のメタルというよりはドゥームだけど。俺が音楽を理解する場合、そのバンドと知り合いになってということが多いんだ。音楽を作るのにどのような哲学を持っているかとか。フィンランドの外でははインセクト・アークとか、フランスのAluk Todoloには連帯感を感じるよ。ヘヴィなバンドとなるとこの辺りだね。トラディショナルなメタルじゃないかもしれないけど。あとはPH、Nyos、Abyssionとか。
ー オランシ・パズズに影響を与えたメタルではないアルバム3枚を教えてください。
ユン・ヒス:うーん、そうだな、ポーティスヘッドの『Third』。あと何があるだろう。キング・クリムゾンのファースト。あとは、そうだな、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの『Loveless』。ほかにも色々あるけど、パッと思いついたのはこの3枚だね。
— あなたの個人的なお気に入り3枚となるとどうですか。また違ったものになるでしょうか。
ユン・ヒス:時によって変わるけど、最近はフリートウッド・マックの『Rumors』をよく聴いてる(笑)。メタルではないところだと、マッシヴ・アタックのどれか。あとは、そうだ、フィンランドのアーティストのパンソニック。『Katodivaihe』は何年も聴き続けてるよ。
ー ジェイムズ・ヘットフィールドがあなたたちの作品をお気に入りに挙げました。そのことについてどう感じましたか。
ユン・ヒス:うーん(笑)、多少非現実的だと思ったけど、全体としては、何十年もバンドをやって、多くの音楽を作って来たミュージシャンが、今なお新しい音楽を聴いているということが嬉しかったね。さすがに俺の皮肉っぽい面も、ここでは出てこない。俺たちのバンドに限らず、新しいバンド、あるいはもっとアンダーグラウンドなバンドであれ、長いキャリアを持ち、シーンのパイオニアであるような人間が、いまだに新しい音楽に興味を持っていることに驚かされた。
— では最後に日本のファンへのメッセージをお願いします。
ユン・ヒス:日本でライヴをやりたいという事はずっと考えているんだ。これまでは機会がなかったけれど、ニュークリア・ブラストとも契約をしたことだし、今後日本に行けるチャンスがあるといいな。フェスティバルとか、いくつかの街でプレイしたりとか、数年のうちに何かが起こるといいと思っている。ニューアルバムを聴いて気に入ってくれると嬉しいね。
文 川嶋未来
- 啓示
- 空っぽの秘跡
- 新しいテクノクラシー
- 高潔の広間
- 地下からの呼び声
- 天国の門
【メンバー】
ユン-ヒス(ヴォーカル/ギター)
イコン(ギター)
オント(ベース)
コルヤック(ドラムス)
イーヴル(パーカッション/キーボード)